その表面硬さと鏡面仕上性能から適度なシール特性及び耐摩耗性を発揮する硬質クロムめっきは、永年にわたって流体機械や油圧機械部材に広く適用されている。しかし、硬質クロムめっきは、有害で発ガン性が疑われている六価クロム電解液を用いるうえ、めっき作業中には電解液ミストを含む多量の水素ガスが発生するため重大な環境汚染源として指摘されている。めっき関係者による環境改善の努力は継続的に行われているが、今後ますます環境対策コストの負担が大きくなることが予想される。
また、現在の硬質クロムめっきの性能はほぼ限界に近づき、改善・改良の余地が少ないうえ、昨今の産業界が要求する機械類の高性能化、長寿命化などに伴う過酷な使用条件を満足することが困難となっており、あらゆる環境と条件下で使用できる表面硬化技術と皮膜の出現が強く望まれている。
溶射法はドライプロセスに属するため有害な廃液を出さず、集じん装置や防音室によって環境汚染や騒音問題を解決できる有用な表面処理法である。特に最近の溶射法は、熱源の高エネルギー化や溶射装置の高性能化によって、各種金属、サーメット、セラミックスなどの材料が保有する多彩な物理化学的性質を皮膜化して利用することが容易となっている。それゆえ耐摩耗性、耐キャビテーションエロージョン性はもとより、高度な防錆、耐食性、耐溶融金属性、耐焼付性、電気絶縁性、防音、防振性、光励起性、耐熱・耐高温酸化性などの用途に広く採用されている。
ここにご紹介する硬質のWC-Co材料による溶射皮膜は、耐摩耗コーティング(ハードフェーシング)として硬質クロムめっきを凌駕する性能が高く評価されているものである。表1は硬質クロムめっき(電気めっき法)とWC-Co皮膜(溶射法)を比較したものである。
表1 電気めっき法と溶射法の比較
項 目 | 方 法 | |
---|---|---|
電気めっき法(硬質クロムめっき) | 溶射法(WC-12Co) | |
プロセス | 湿式 | 乾式 |
被覆特性 | 雑形状物には困難 | 雑形状物には困難 |
成膜速度 | 小さい | 大きい |
被覆材料の選択 | ほとんどなし | 非常に広い |
皮膜の密着力 | 大きい | 大きい |
皮膜の硬さ | Hv800~900 | Hv1100以上 |
水素脆性 | 危険性大 | なし |
環境への影響 | 非常に大きい | 小さい |
溶射法は電気めっき法と比較してプロセスが簡単であることに加え成膜材料の種類が豊富で、熱源や溶射方式の選択領域が広いうえ、現地施工も可能であるなどの特徴がある。一方、溶射法は複雑な形状部品に対する均一な皮膜施工や小孔面への加工が難しいなどの問題点を有している。
次に、市販の硬質クロムめっきと高速フレーム溶射法(HVOF)によって形成した超硬材料WC-Co皮膜の耐摩耗性を比較した結果を示す。この試験は大越式摩耗試験装置で相手材としてS45C鋼を用いて室温及び300℃で行った。また、摩擦速度を低速、中速及び高速の3段階に変化させたもので、これらの結果をそれぞれ図1と図2に示す。縦軸に示す比摩耗量が小さいほど耐摩耗性に優れていると判断できるが、HVOF溶射WC-Co皮膜はいずれの条件においても硬質クロムめっきに比較して、耐摩耗性が3~5倍優れていることがうかがえる。
以上のように、環境汚染の少ない成膜プロセスで製造されたWC-Co溶射皮膜は、硬質クロムめっきが最も特性を発揮する耐摩耗性に関しても明らかに優れており、環境に優しい高耐摩耗性皮膜であることが理解できる。今後、各種のコーティング性能の優劣を論じる際、そのプロセスが持つ環境への影響の程度が大きな比重をもつものと考えられるが、溶射はその批判に十分耐え得る資格をもっているものと信じている。なお、客観性を保つため、摩耗試験は兵庫県立工業技術センターの協力を得て実施しており、結果については同センターにより認証していただいている。ここに同センターに対し感謝の意を表するものである。
■図1 摩耗試験結果 室温
(最終荷重:184.7N 摩擦距離:200m)
■図2 摩耗試験結果 300℃
(最終荷重:207.4N 摩擦距離:200m)
一般社団法人日本溶射学会事務局長
(元・産業技術総合研究所)
上野和夫(工学博士)